旅行・地域

2014年12月21日 (日)

別府へ

12月18日、もう暮れも押し詰まって新聞の広告に魅せられて別府温泉への二人旅です。
なった。
ハッチは、アイLOVEアニマルさんへ一泊です。
私たちより一足早く車のお迎えが来ました。
神経質なハッチが、嫌々車に乗り込みました。
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バスは9時30分ココヲークを出発、
昨日の荒れたお天気が嘘のように日差しがあります。
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バスへ大分へと向かいます。
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大分に近づくと屋根に雪を被っている里に出会います。
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9時30分長崎を出て目的地に到着
杉の井ホテル
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部屋荷物を置いて

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窓から見える別府の町と別府湾
そして佐伯市が海を隔てます。

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夫は温泉を楽しみにしていたけれど、ホとてる大きくて棚湯まで私たちの足では、エスカレーター
エレベーターを使って15分はかかりました。
一度きりで夫はお風呂を諦めて食事はバイキングでした。

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食事が済んでお目当てのイルミネーション
寒い中をカメラを持って歩きます。

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翌朝曇り空でしたが、朝日が取れるかと7時前から準備しましたが、ざんねんです、
雲の中でした。
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ホテルをチェックアウトして地獄めぐりです。
血の池地獄と竜巻地獄へまわります。
この地獄は、二つとも個人の所有で、どえらい先祖からの財産ですと案内の人の弁です。
毎日お一人様400円の入館料が入ってくるjのですから・・凄いですね。
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ホテルに戻って15時10分バスは帰途についた。


2012年5月 5日 (土)

五月と五日

いよいよ今日、いまから
対馬へ
お天気もいいみたい、まだ日の出には30分あまり早いけれど
昭和町の空港乗り場まで、30分あるく
彩子とも歩いた道のり
ハッちゃんとも散歩のコース

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2010年11月14日 (日)

めがね橋から亀山社中へ

11月14日、日曜日
お天気に誘われて、長崎に住んでいながら、改装された亀山社中を
知らないのは、恥だから
NHKでも「龍馬が行く」みてるしねと言うことから
お天気もいいし暖かいし、妹を誘う
昔まだ今ほど龍馬が今ほど知られていなかった頃、風頭山から降り亀山社中の傍を
歩いたことは有るけれど、道はごろごろの山道
足の痛みも膝の痛みも知らなかったけれど、歩き難かった。

バスでめがね橋まできて
此処から「ながさきさるくの一歩」
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妹の到着を待つ間めがね橋でうろうろ
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川の水が綺麗で大きな鯉が橋の上から楽しめた
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石垣にある、ハートもマークの前でカップルが写真を撮っている
上からそれを写す

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妹とふたりで標識に沿って歩き出す。
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銀杏が黄色に光る道すじ
長崎は穏やかに晴れて観光客と同じ顔をする
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石ころの山道も整備されて歩きやすい

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道の途中に川柳が書かれならぶ
歩きつかれた足を休めながら
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目的地に到着、
並びます、
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小さな家、6畳」ぐらいの部屋の中に龍馬の着物がかけられている
そののケースには、ピストル
勿論コピーです。
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庭には小さな池があった
見下ろすとかつては、此処から長崎港も長崎奉行所も諏訪神社も一望できる。
事があれば
隠し部屋へ
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此処からは撮影禁止で、隠し部屋の階段だけが見えます。
とても急で私の足では登れません
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龍馬が一望した長崎をみながら追体験します。
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2009年8月31日 (月)

八月三十日 四海楼にて

寛さんご夫婦と妹と四人で、お別れ会

部屋を予約していてよかった・・・・・

福山雅治が長崎に来ていて若い旅行者で街が溢れていました。

四海楼の実が見えるレストランは、60分待ちとでていた・・・

待つのが嫌いな妹と私、海が見えなくても部屋を出れば窓の外に

長崎港が広がっていた

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中華料理を食べながら二時間のお喋り

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2009年3月 4日 (水)

エッセイ

       みゆちゃん


一月二六日米子から来る鳥取行きのスーパー「松風」を倉吉駅のホームで待った。
ベンチに腰を下ろしまわりを見ると、右隣に若い母親が赤ちゃんを胸におくるみで包み座っている、大きな荷物が足もとに置かれ、ピンクの毛糸の帽子とオーヴァーを着た子がホームの右から左へとしっかりした足取りで行き来している。
 12時53分の列車の到着にはまだ少し間がある、父の先祖の墓参りもひざ上まで雪に埋もれながら済ませたし、伯耆大山もホテルの窓に位牌を立てて「あれが大山らしいね」と父との語らいの時間も持った
 倉吉は寂しい小さな町である、この生まれ故郷を捨てながら父は事があるたびにて「故郷(くに)へ帰ろう」の口癖が、母をどんなに悩ませたのか私は知らない。
遠く離れていればこそ、故郷は父にとって心の拠り所になっていたのかもしれないが。
 「みゆちゃん、あぶないよ」
隣のベンチの女性が、動き回っている女の子に声をかけた。
私の視線のすぐ先に、ピンクの帽子の紐を外しながら歩き回る女の子だ。。
「みゆちゃんおいで」私は、躊躇わずに声をかけた。。
人見知りする風でもなく側に着た子の帽子の紐を結びなおした。
「すみません・・」
 胸のなかに抱え込んだ赤ちゃんを揺らしながら若い女性が薄く笑った。
20代の後半かもしれない、やさしい表情ながら母親らしい落ち着きを見せている。
兵庫県の嫁ぎ先から実家の米子までの里帰りだと彼女が言った。お互いの現況を差し障りない部分だけ打ち明けながらも二人とも、みゆちゃんから目を離さなかった。胸に抱いてるのは男の子らしい・・
「みゆちゃんお年はいくつ?」
二本の指を見せてくれた、
「いまからおばあちゃんの所にいくんだね」
こっくりすると帽子についているボンボンがゆれた。
黒目がちな目が大きく勝気そうな表情が可愛い。
「男の従兄弟たちとばかり遊んでいるので元気すぎるんですよ」
若い母親は、遠慮がちながらことばを繋いでくれる。
 若い親子三人の姿に重なって私の胸に幼かったころの娘が浮かんできた。
「しょうちゃんばっかり、かわいいのね」
弟が生まれたころ三歳になった娘が唇を尖らせて母の私をなじった。
「そんなことないでしょ、正ちゃんは赤ちゃんだもん、なんにも一人じゃ出来ないのよ」
 若かった私がそのときの娘の心理を十分理解はしていても独占欲の強い娘に手を焼いたことも事実だった。
 後に息子のほうが先に逝くことをそのとき私たちは想像することは出来なかったのだったけれど。
結婚することなく人生の半分を一人で生きている娘もかつて彼女自身が吐いた
ことばを体験することなくこれからの人生を歩んでいかなければならない。
 「松風」がホームに滑り込んできた
みゆちゃんは、入ってきた列車を見上げながら、母親の側に寄り添っている。
「みゆちゃん、さようなら」
バックを肩に掛け足早に列車に乗ると窓際から見える姿に手を振った。
再び出会うことのない親子連れだった。

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